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アドラー心理学

  • 執筆者の写真: たみあ めそぽ
    たみあ めそぽ
  • 2015年2月12日
  • 読了時間: 3分

アドラー心理学 考察

まずはリンク先を…それを踏まえて。 『出来ない奴ほど出来ない理由を探すのが上手。』 頭の中は『どうしたら出来るか?』 じゃなく『どうしたら出来ないことを正当化出来るか?』 『どうしたらやらないで済むか?』である。 会話してて噛み合わない時なんかは同じ目標にベクトル向いているようで真逆だったりするから話は平行線に終わる。 どんなに会話しても二人が似たような方向か同じでない限り交わることは皆無。 ビジネスの商談、家族との関係、恋人との関係、はたまた力学的にもそうだなって思う。 重力があるのに物が静止しているのは上と下に力が釣り合っているからだし。 ベクトルの向きが似て非なる≒変化の少ない状態≒平行線に近い≒交わる可能性は無いか薄いかずっと先 人間に完璧なんてものは存在しないし多くの場合や多くの人間は相手の目標を達成することなんか考えてなくて自分の都合を押し付けることがほとんど。 というか人は相手になれない以上それしか出来ない。 故に立場が変われば平気で意見も真逆になるし一貫性がない。政治でブレるブレないって言葉が良く出てきたりするけど立場が変わって自分の立場を守る為にそうなる。 誰かに優しくしたい場合だって自分が昔嬉しかった経験を相手に押し付けてるだけとも言える。 響きは悪いが実際そうだから『ありがた迷惑』なんて言葉が存在する。 似たような立場や境遇、価値観だった場合はそれが互いにマッチしやすいから『肌が合う』なんて言葉が存在する。 立場が変わったら違うこと言う奴に限って子供にみたいに騒ぐやね。 話逸れたか。 認めてしまえば悲しくなるような現実に直面した時、不都合な真実とやらに直面した時、落ち込んでも凹んでも闇に呑み込まれずに『自分の弱さ』や『改善するべきとこ』として認めて下に向いたベクトルを上に向けたいね。 じゃないと成長のしようないもの。 でもアドラーの考えたように人は、 『夢への結論を手にするよりも、可能性の中に生きていたい』 生き物。 下に向かったベクトルで変化のない退屈な世界で生きる辛さよりも、 この不都合な真実を受け止める辛さの方がよっぽどマシだから俺はまた可能な限り上にベクトルを向ける。 どちらも結局辛いならそっちの方が断然得だ。 んで、思う。 世界は分かり合えないんじゃなくて分かろうとしないだけなんだって。 分かって損するなら分からない方が得だから。 同じ目標に向かった時、人は必ず分かり合える。 それが稀だからこそより美しく見えるし価値があったりね… 十人十色。色んな人がいるから面白い。

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